三井不動産リアルティ株式会社
REALTY real-news Vol.35 4月号 2018
♯1 今年の年明け時点では回復していたアメリカの実店舗
♯2 都心一極集中が進む百貨店
Column 新宿に摩天楼を生み出した新宿副都心計画
1 今年の年明け時点では回復していたアメリカの実店舗
 昨年、2017年はアメリカの実店舗型小売業にとって厄年でした。特に大手百貨店の不調は著しく、さらにアパレル、靴、スポーツ用品、おもちゃの販売店等でも破産申請に追い込まれる会社が相次ぎました。
 しかし悪い話だらけだったこの風向きが、昨年末のホリデーシーズンから変わりました。朗報は出だしのブラックフライデーにおいて実店舗の売上げが予想外に好調だったという話から始まり、締めてみると11-12月のこれらの会社の売上げは前年比4%増となりました。リーマンショックの金融危機以降でベストな伸び率となったのです。
 同時期のオンライン通販会社の売上げは10.4%、小売全体は5.5%の伸びです。実店舗会社が伸びた最大の理由はアメリカ経済がますます良くなってきた事にありますが、従前のパターンであれば、全体の伸びをオンラインに食われて実店舗は売上げを落しかねなかった所、今回はそれがプラスへと伸びた訳です。
 実店舗会社がオンライン通販に力を入れ、巻き返しを図っている事も見逃せません。
 モール・ビジネスは当然、実店舗型小売業の盛衰から大きな影響を受けます。各所の核テナントである百貨店大手のメイシーズ、シアーズ、JCペニーは2016年8月以降、三社合計で560もの店舗を閉じました。特にシアーズは不採算店の閉鎖を重ねてきた結果、2010年には4038店舗あったのが、昨年9月時点では1104店舗へと激減しています。
 これらを見て「迫る小売業の終焉」「モールの緩慢な死」といった語り口の話も昨年は多くみられました。その雰囲気が、とりあえず年明けには大きく変わったわけです。
 不動産業界はこの動きを昨年の終盤の段階で先取りしていました。大型のモールのポートフォリオに2件、買いが入ったのです。
 一つ目はフランスの商業不動産大手、ウニベイル・ロダムコによるウエスト・フィールドの買収です。ウエスト・フィールドはオーストラリア本拠の会社ですが、保有するモールの多くはアメリカとイギリスにあります。
 二つ目はカナダ本拠の不動産投資会社ブルックフィールドによるアメリカのモールリート第2位、GGP(旧称ジェネラル・グロウス・プロパティ―ズ)の買収です。
 二件とも買収価格が期待よりもかなり低かったことを始めとして気になる点がいくつかあるのですが、とりあえずモールに大口の買い手が出たわけです。  
ジャパン・トランスナショナル 代表 坪田 清
2 都心一極集中が進む百貨店
 先日、日比谷にミッドタウンが開業しました。三井不動産の複合型再開発ビルとしては六本木に続いての2件目。都内最大級のシネコンや様々な飲食店が揃う注目の商業施設です。一方、この冬、首都圏近郊では伊勢丹松戸店、西武百貨店船橋店、西武百貨店小田原店、川崎ルフロンに出店する丸井川崎店等、地元密着型の百貨店が複数閉店しています。これらの閉店によって、地域活性が下がることが懸念されています。
 確かに、船橋や川崎のように競合の百貨店やSCに客を奪われた結果の撤退というケースはありますが、近年多くなっているのは郊外型ショッピングモールの登場や、ネット・オンライン販売によるEコマース業界の台頭などにより、苦境に立たされた結果というものです。
 松戸駅前の高級店の代名詞でもあった伊勢丹閉店のニュースは、地元商圏のけん引役として駅前を飾ってきた「百貨店」という存在そのものに暗い影を落とすものであり、『街力の低下』に繋がる事象になっています。
 一方、GINZA SIXに代表されるように、都心部における高級大型百貨店の人気は高く、売り上げも安定しています。さらに物販だけではなく、百貨店内にサービスオフィススペースを提供する(GINZA SIX)等、立地特性を踏まえた、新しい業態にも挑戦しており、商業施設にこだわらないスペースの使い方を考え、商売化しているのが新たな特徴です。
 都心部と郊外部の百貨店が商業的な明暗を分けたのはモノ消費に依存してきた近郊型百貨店と、コト消費に視点を移した都心型百貨店の差であると考えられます。具体的には、地元密着型=地元の購買層を意識した品揃え=というスタイルの百貨店では、価格競争に苦戦しても仕入れ・販売パターンを変えることが顧客ニーズ的に難しいという側面が、都心の百貨店のような思い切った品揃えをするという点での足かせになったと考えられます。
 「20~30分電車に揺られれば都心でのお買い物ができる」という交通インフラの整備もあって、都心への一極集中は今後も続くと予想されます。
株式会社 工業市場研究所 川名 透
全国百貨店売上高概況
Column
新宿に摩天楼を生み出した新宿副都心計画
新宿
新宿
 昭和20年8月15日に終結した第二次世界大戦。度重なる空襲によって、新宿もまた焦土と化してしまいました。闇市や露店商がひしめき合う中、民間主導による戦災復興事業の街づくりに着手したのが現在の歌舞伎町です。興業街実現という将来ビジョンを掲げ、歌舞伎座の誘致を目指していたことから歌舞伎町と名付けられました。昭和23年4月1日に誕生したこの街では昭和25年、商店街主催で東京産業文化博覧会が開催されます。興業的には失敗に終わりましたが、この時に劇場街の原型が造られ、歌舞伎町の名は全国に知られることになりました。
 一大商圏が広がる繁華街となって発展を続ける新宿に、新しい波が訪れたのは昭和33年。第1次首都圏基本計画の一環として新宿は渋谷・池袋とともに副都心に指定され、昭和35年に新宿副都心計画が議決されました。そして昭和40年、淀橋浄水場は東村山浄水場に機能移転が決定し更地となり、跡地を中心とする約56haの基盤整備が進められたのです。昭和43年には新宿副都心計画の一事業である新宿中央公園が開園。昭和46年には新宿初の高層ビルとなる京王プラザホテルが誕生。昭和49年には新宿住友ビル、KDD本社ビル、新宿三井ビル。昭和51年には安田火災海上本社ビル。昭和53年には新宿野村ビル。昭和54年には新宿センタービル。昭和55年にはホテルセンチュリーハイアットと、高さ200m前後の高層ビル群が次々に誕生し、西新宿を摩天楼の街へと変貌させました。
 そんな中、丸の内にあった東京都庁舎の西新宿への移転が決まり、平成3年、丹下健三設計による都庁舎が完成。都庁舎移転を伴う西新宿の発展はインフラにも大きな影響を及ぼし、平成8年地下鉄丸ノ内線「西新宿」駅、平成9年地下鉄大江戸線「都庁前」駅・「西新宿五丁目」駅が開業しました。利便性を高めながら、オフィス複合ビルだけでなく、高層マンションなどを交え、まだまだ再開発が進められる西新宿。その波は新宿駅南口エリア、東口エリアへと広がり続けています。
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